大判例

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東京高等裁判所 昭和31年(う)2867号 判決

被告人 秋元三徳

〔抄 録〕

論旨第一点。

被告人秋元三徳及び原審相被告人三矢[イ牟]の両名が殴り合の喧嘩をしていたこと及び妻の「喧嘩している」との叫び声に急遽現場に駈けつけ、秋元は野菜畑の中に倒れ、三矢は立つて何か言つており、これを中村隆郎なる者において止めようとしている右喧嘩の最中を現認した石森佐一巡査が、犯罪がまさに行われようとしているものと判断して「警察の者だが、乱暴しては駄目だ」と言つて口頭をもつて右喧嘩を制止するの措置に出でたところ、秋元、三矢の両名は、警察官が職務上喧嘩を制止しようとしているものであることを承知しながら、先づ右三矢において「何、お巡りか、上等だ、やつつけてやる」と言いながら同巡査に執拗に格斗を挑んで組みつき、次いで被告人秋元も「何んだと、このお巡り、俺達の言うことが聞けないのか、こんなお巡りは俺が殺してやる」と言いながら同巡査に組みつき、その首を絞めて引倒した上、秋元、三矢の両名は交々殴る、蹴る、咬みつく等の暴行に出でたこと並びにその結果右巡査に原判示傷害を負わせるに至つたものであることは、原判決挙示の証拠によつてこれを明認し得るところである。殴り合の喧嘩が、それ自体単純暴行の罪を構成し、ひいては、傷害の結果を惹き起し傷害罪の成立するに至るべき虞あること及びこれらの危険を防止すべく進行中の殴り合の喧嘩を制止するのに急を要すべき場合であることは経験事理の当然とするところであるから、石森巡査が各被告人等両名の殴り合の喧嘩最中を現認し、犯罪がまさに行われようとしているものと認め、自ら警察官たることを名乗り、前示の如き喧嘩制止の措置に出でたことは、警察官としての職務執行上当然の措置と言わなければならない。これに対し、被告人等において前示の如く警察官による喧嘩の制止たることを承知しながら、敢えて右暴行に出でた所為は、とりもなおさず公務執行妨害の罪を構成するものと言わざるを得ない。なるほど、最初原審相被告人三矢[イ牟]において右巡査に組みついた際同巡査は三矢の執拗な攻撃に対し数回に亘つて払腰で投げ倒し一時押えつけて起き上れないようにしたことのあることは証拠の示すところであるが、前叙の如く、少くとも人の身体に危険を及ぼす虞ある本件喧嘩の如き緊急の場合、喧嘩の一人が巡査の口頭による喧嘩の制止に対し承服するどころか、暴力をもつて執拗に積極的な攻撃に出でたるにおいては、同巡査の右程度の実力的措置は、自己の保身を兼ねた殴り合の喧嘩制止の手段として、警察官職務執行法第五条にいわゆるその行為を制止するに出でた適法な行為というべきをもつて、石森巡査の右の如き実力的措置をもつて職権の乱用にかかる不法な所為であるということはできない。被告人秋元は、同巡査が、右の様に三矢を組み伏せているのは、同巡査の喧嘩の制止にかかわらず、これに服することなく、却つて暴力をもつていつかな抵抗して止まないため必要止むをえない措置であることの判然たるものがあつたにかかわらず、敢えて喧嘩の余勢を藉り前示の如き暴言を吐きながら矢庭に傍に在つた一升瓶を取り上げて同巡査に殴り掛かつたので、同巡査は止むなく三矢を放し、これが防禦の手段に出ようとしたところ、三矢も起き上り被告人秋元と共に交々前示認定の如き暴行に出でたものであつて、同被告人の所為たるや、その態様において、三矢と相互に意思を連絡して、公務員が職務を執行するに当り、敢えてこれに対し暴行を加えたものというべく、その所為が共同正犯としての公務執行妨害の罪を構成するものであることは言うまでもない。而して、警察官は、警察事務に関し、一般的権限を有し、退庁後と雖も所属管内において事件の発生あるにおいてその権限を行使する職務権限を有するものなのであるから、本件所為が、石森巡査退庁後の事に属するからといつて、同巡査の所属管内において発生した事件に際しての被告人等に対する前示の如き措置をもつて警察官職務執行法第五条所定の職務執行の権限なきに出でたものということもできない。

所論において、石森巡査の受けた原判示傷害は、被告人秋元の所為に因らないものであるとして原判決の事実誤認を主張しまた、若し、原判示の如き被告人秋元の所為が証拠上認められるとするも、それは、石森巡査の暴力行為(投げわざ等)に対する正当防衛の手段としての防禦的反撃に出でたものであるから同被告人は無罪であるという趣旨の主張をしているが、本件傷害が、前示認定の如く被告人秋元と原審相被告人三矢との間の意思の連絡にかかる暴行の所為に起因するものであることの明らかな以上、仮にその傷害が、単に三矢の暴行のみに因つて生じたとするも、これが傷害の結果につき、被告人秋元に罪責がないというを得ないし、すでにして前段において縷説したとおり、石森巡査の前示の如き程度の投げ倒しや組伏せの所為も事態必然の経過から見て、緊急な場合における少くとも人の身体に危険を及ぼす虞ある行為制止の方法として寧ろ妥当にして適法な行為というべきであるから、これに対する同被告人の理不尽な本件暴行の所為につき正当防衛の観念をもつて律するの余地はない。

なお、被告人等の本件所為が、相当多量の飲酒後におけるものであることは記録上認められるけれども、それかといつて、飲酒酩酊の結果被告人秋元が、当時是非善悪の弁識能力において欠けるものがあつたとか、或いは著しく減弱していたものがあつたというようなことは、記録上認め難いから、被告人秋元の所為につき当時同被告人が心神喪失の精神状態に在つたとして同被告人の無罪を主張する所論は採用するに由なきは勿論、当時同被告人が心神耗弱の状況に在つたということもできない。

以上要するに、これまで叙説して来たと同様の趣旨をもつて事実を認定して、被告人等に対しそれぞれ原判示の如き罪責を認めて有罪の宣告をしたことの明らかに窺われる原判決には、所論にいうような事実の誤認ないしは法令適用の誤を冒した過誤はない。(尤も、原判決は、被告人等の暴行を共謀にかかるものと認定して共同正犯の成立を認めている点において事実を誤認した瑕疵のあることは否み得ないが、前示認定の如く被告人等の暴行が少くとも相互に意思の連絡があつて行われた点において同じく共同正犯の成立あることはいうまでもないところであるから、右共謀と認定した事実誤認の過誤は、判決に影響を及ぼすことの明らかな過誤というを得ない)論旨はすべて理由がない。

(三宅 河原 遠藤)

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